3、日本七社(にほんななしゃ) 冠稲荷神社(かんむりいなりじんじゃ)(1)


《1》日本七社とは
   〜冠稲荷神社を「日本七社」稲荷の一と称する由縁(
ゆえん)について〜

 稲荷社は全国にも多く祀られているということは先にも述べたが、その多くの社の中で当神社は「日本七社」の一つと謳(
うた)われている。
 では、日本七社とは一体何処
(
どこ)の社(やしろ)を指しているのだろうか。
 冠稲荷神社に関する古社調査書
(
こしゃちょうさしょ)(明治28年4月11日群馬県訓令乙第222号に基づく内務省訓令第3号)に左記のようなに記述がある。

 「最も古来、伏見、信田、王子、妻恋、豊川、田沼、当社を以て日本七社と称せり」

と、あるように、「日本七社」とは次に列挙(
れっきょ)する、由緒(ゆいしょ)ある稲荷神社のことである。


(1)「伏見(
ふしみ)」…伏見稲荷大社(ふしみいなりたいしゃ)(京都市伏見区(きょうとしふしみく)

 和銅(わどう)4年(711年)に創建された古社で、稲荷信仰の総本社。
伏見稲荷大社のご神霊
(
しんれい)を勧請(かんじょう)した稲荷神社は数多(あまた)あり、東京都保田市(とうきょうとやすだし)(現・西東京市(にしとうきょうし))東伏見(ひがしふしみ)にも稲荷神社がある
冠稲荷神社も、源義経公(みなもとのよしつねこう)が伏見稲荷大社のご神霊を勧請した。
 
    (伏見稲荷大社)


(2)「信田(しのだ)」…信田明神稲荷神社(しのだみょうじんいなりじんじゃ)(大阪府和泉市(おおさかふいずみし)

 白鳳(はくほう)3年(674年)創建の聖神社(ひじりじんじゃ)内にある。信田(しのだ)(信太(しのだ))の森の白狐(びゃっこ)は有名(信太葛(しのだくず)の葉())である。信田鮨(しのだすし)(稲荷鮨(いなりすし))の発祥地(はっしょうち)
 
(信田明神稲荷神社)

(3)「王子(おうじ)」…王子稲荷神社(おうじいなりじんじゃ)(東京都北区岸町(とうきょうときたくきしちょう)

 康平(こうへい)年中(1058〜64年)、源頼義公(みなもとのよりよしこう)が深く当社を信仰し関東稲荷総司(そうし)とあがめ、江戸時代には将軍家祈願所と定められた。
(王子稲荷神社)

(4)「妻恋(つまこい)」…妻恋稲荷神社(つまこいいなりじんじゃ)(東京都文京区湯島(とうきょうとぶんきょうくゆしま)

 天暦(てんりゃく)年中(947〜56年)に発端(ほったん)する物語「幸若舞(こうわかまい)・信太(しのだ)」の小山太郎行重を縁起(えんぎ)とする古社。

(妻恋稲荷神社)

(5)「豊川(とよかわ)」…豊川稲荷神社(とよかわいなりじんじゃ)(愛知県豊川市(あいちけんとよかわし)
 15世紀中頃に創建された古社。奉行(ぶぎょう)・大岡(おおおか)忠相(ただすけ)(1677〜1752年)の豊川稲荷への信仰厚く、自邸内に豊川稲荷の神霊を勧請。
 これが、東京都港区赤坂見
(
とうきょうとみなとくあかさかみつけ)附にある豊川稲荷別院。

(豊川稲荷神社)


(6)「田沼(たぬま)」…田沼稲荷神社(たぬまいなりじんじゃ)(栃木県佐野市田沼町(とちぎけんさのしたぬまちょう)

 一瓶塚稲荷神社(いっぺいつかいなりじんじゃ)の俗称。天慶(てんけい)5年(942年)藤原秀郷(ふじわらのひでさと)氏が関八州(かんはっしゅう)を管領(かんれい)の地に勧請
(田沼稲荷神社)


(7)「細谷(ほそや)」…冠稲荷神社(かんむりいなりじんじゃ)(群馬県太田市細谷町(ぐんまけんおおたしほそやちょう)

 天治(てんじ)2年(1125年)源義国公(みなもとのよしくにこう)により創建。
 源義経公
(みなもとのよしつねこう)により、冠の中に奉じてきた伏見稲荷大社の神霊が勧請された。また、新田義貞公(にったよしさだこう)の信仰厚く鎌倉攻めの時、戦勝を祈願し兜(かぶと)(冠)の中に神霊の宿ることを祈った。この故事から「冠稲荷」と称する。
 (冠稲荷神社)



 各神社が「日本七社」として称される理由には様々な説が有る。
先ず、各社とも由緒ある古社であるということだ。創建されたと伝えられる年代から、その歴史の深さがうかがい知れるだろう。
 次に、江戸時代に関八州を管領した大名、旗本の深い信仰に関係があると考えられることである。日本七社と謳われる七つの社はみな、関八州管領の大名(
だいみょう)・旗本(はたもと)等から篤(あつ)く崇拝(すうはい)されている。
 冠稲荷神社の篤信者
(
とくしんじゃ)には、古社調査書によると、大久保四郎兵衛(おおくぼしろうひょうえ)、赤井甚左衛門(あかいじんざえもん)、門奈傳十郎筒井伊賀守(もんなでんじゅうろうつついいがのかみ)、村上大和守(むらかみやまとのかみ)などの旗本(はたもと)や安部摂津守(あべせっつのかみ)のような領主(りょうしゅ)がいる。その旗本知行地(ちぎょうち)や大名領地(だいみょうりょうち)、また彼等の邸宅の所在地は、各神社の所在地に深い係わりをもっている。更に、彼等の本姓は源氏(げんじ)、藤原氏(ふじわらし)だ。ここにも深い由縁があると考えられる。
 さて、日本七社について記したところで、七社の一、当神社「冠稲荷神社」の御由緒を語ろう。