冠稲荷神社と日本七社

京都伏見稲荷大社分霊の冠稲荷神社は、伏見、豊川、信田、
王子、妻恋、田沼と合わせ、日本七社のひとつといわれています。

古墳時代六世紀より千五百年の間、義経公 冠奉安を始め、数々の歴史を見つめ、祭祀祭礼が行われてきた宮の森。

冠稲荷神社は、平安時代の天治二年(1125)、新田氏の始祖 新田義重公の父、源義国公創建と伝えられ、伏見、豊川、信田、王子、妻恋、田沼と合わせ、日本七社のひとつといわれています。
承安四年(1174)源義経公は奥州下向の折、当社が源氏ゆかりの社であることを知り、冠の中に勧請(かんじょう)してきた京都伏見稲荷大社の御分霊を鎮祭しました。

また、時を経て、新田義貞公は元弘三年(1333)鎌倉幕府討伐の兵を挙げるにあたり、当社神前にて兜の中に神霊の来臨を請い戦勝を祈願されたと伝えられています。

この故事にちなみ、いつしか冠稲荷大明神と人々から呼ばれるようになりました。

日本七社 所在地

伏見稲荷大社 京都伏見区
豊川稲荷神社 愛知県豊川市
信太森神社
(葛葉稲荷神社)
大阪府和泉市
王子稲荷神社 東京都北区岸町
妻恋稲荷神社 東京都文京区湯島
田沼稲荷神社
(一瓶塚稲荷神社)
栃木県佐野市田沼町
冠稲荷神社 群馬県太田市細谷町

冠稲荷神社 本殿