お参りが先か、お守りが先か。花見が先でも…、良いかな?

権禰宜の雑賀直子です。

例えば。突然の質問ですが。

だれか大切な人の為に交通安全のお守りを受けに神社にいらっしゃったとして。

お守りを受けて、それを持ってお参りをして、帰る。のと。

お参りをして、お守りを受けて、帰る。のと。

どっちが「効きそう」と思われますか? このお話、ちょっと長いので後程にしますね。

先ずは大鳥居前の桜の開花状況は!

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ソメイヨシノが更にチラホラと花開いております。相変わらず雑賀の写真では良く判らないと思いますが、花開いてきております!

もうちょっと開花が進んだら太田市産業観光課様にご連絡して、開花状況を更新して頂こうかと思います………明後日くらいかな?

木瓜もまだまだ花盛り!

DSC_0055夕方撮影になってしまいましたが、本日の木瓜。日中はカメラ片手の(両手の?)方も多くなりました。

是非皆様、お花見がてらにでもご来社ください!

さて。冒頭の話の続きなんですが。

「お作法」的には お参り⇒お守り⇒帰る。なんですね。お守りって、もの凄くザックリ言えば、「お参りをしたお土産」ですから。

でも。 お守り をもってお参り(念じる)の方が効きそう!と思う感覚も、判ります。

お参りをされる方の気持ちの中で「お参り」と「お守り」のどどちらが大きく占めているか、とか。

目に見える物の方が、現代は、説得力を持っていたり、認識を共有するにも大活躍ですから、とか。

「神様にお願いしてきたから大丈夫だよ!」 よりも

「お守り買ってきたから、これ持ってれば大丈夫だよ!」の方がお守りという物証ががある分判りやすいんだと思うのです。

 

で、とある事をきっかけに そんな事をうだうだ考えながら、どこに結論を見出したかといえば

そりゃ、ユダヤの神様が偶像崇拝を禁止にする筈だわ」という事なのでした。

「神様」に拝礼してた筈でも そのうち「神様の像」に拝礼するようになるよね、きっと。「神様の像」が大事になるよね、そのうち、きっと。目に見える物の方が判りやすいもんでこの後「でも仏教は仏像作っちゃうんだよね、日本は神像ってあんまり造らないなぁ……そこはやっぱり宗教と古代宗教と……や、でもトーテムポールとかさぁ…」と迷路に踏み込みかけて止めるわけですが。

そうして「でも日本人って、究極的には「お参りが先かお守りが先か」で論争したり、目くじら立てたり、強制したりはしないだろうな」と想えると、日本人で良かったなぁと思ったりしたわけです。

桜を愛でて幸せになったりもできますしね。

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