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境内にはいろいろな鳥さんが遊びに来てくれます。昨日は雀さんが木瓜の花まで遊びに来ておりました。もう少し暖かくなったら、花が増えたらめじろっちが遊びに来てくれるでしょうか?楽しみですね。

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

本日はとても静かで穏やかな日となりました。

境内では朝から鳥さんのさえずる声が聞こえてきました。

今日はどんな鳥さんが遊びに来ているかなと境内を歩いていると、厳島社の方から鳥さんの鳴き声が聞こえました。

目を向けると、ヒヨドリが二羽池の方へ向って飛び込んでいき、水浴びをしておりました。

その後近くの木に止まり、何度も何度もぶるぶるしながら水を落としておりました。

他に、めじろっちが遊びに来ていないかと思い、拝殿横の白梅、白狐社近くの紅梅を見て回りましたが姿が見えず・・・。

木瓜の花はどうだろうと思い、見てみましたが、やはり姿が見えませんでした・・・(-_-;)

そして、カフェの前の白梅も花開いてきましたので、写真を撮ってみました。

拝殿横の白梅は高いところに花をつけているので、見えにくいのですが、カフェ前の梅は下の方に下がっているものもある為、ひとつひとつの花の姿が確認でき、とても綺麗です。

近くの山茶花の生け垣にはヒヨドリが食事に来たようで、山茶花の花をプチっとちぎっていました(^_^)

鳩さんとヒヨドリさんはよく神社に遊びに来てくれます。皆さんも鳥さんの鳴き声がしたら目を凝らしてよく見ると変わった鳥さんに出会えるかもしれません\(^o^)/

本日も朝から寒かったですね。昨日は風も強かったですが、本日は落ち着いた日となりました。

こんにちは

巫女の岩瀬愛梨です。

本日は昨日に比べて風は吹いておりませんが、とても寒かったですね。

昨日は二月の神様御朱印のモチーフとなっている菅原道真公のお話でした。

本日も引き続き、御朱印に関連したお話です。

二月の限定であるきつねさんが豆まきをしている御朱印、そして、神様の御朱印にも梅の絵柄が用いられております。

菅原道真公は太宰府へ下る際

東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘るな

と梅の花の歌を詠んでいます。

梅の花も太宰府に下った道真公を追って太宰府まで飛んで行ったとされる「飛梅伝説」もあります。

道真公と梅には深い関係があったのですね。

さて、境内では以前もブログに載せたように、紅梅がすでに咲き始めております。

まだ満開とまでは行きませんが、可愛らしい花がぽつぽつと咲いております。

冠稲荷神社へ遊びにいらした際には、ぜひご覧になってください。

 

 

受験シーズンですね。受験生の皆さん、大変だと思います。寒い日もありますので、お身体に気を付けて頑張ってください。

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

本日は風も強く、とても寒い日となりました。

今月の神様御朱印は菅原道真公です。

菅原道真公については知っている方も多いかと思いますので、省略致します。

菅原道真公は現在、学問の神様として祀られております。

また、菅原道真公の事を「天神様」ということもあります。

「天神」とは、国津神(地上に現れた神々の総称)に対する天津神のことで、特定の神の名前ではありませんでしたが、道真公の没後、「天満大自在天神(てんまんだいじざいてんじん)として祀られ、道真公の祟りとされた落雷事件を機に道真の怨霊が北野の地に祀られていた火雷神(ほのいかづちのかみ)と結びつけて考えられました。

朝廷は、北野の地に北野天満宮を建立し、道真公の祟りを鎮めようとします。道真公が亡くなった太宰府には太宰府天満宮が建立され、「天神様」は怨霊としておそれられました。

平安時代末期からは道真公が怨霊としておそれられることは少なくなり、徐々に芸能の神や慈悲の神、学問の神として信仰されるようになったそうです。

なので、道真公=天神様とみなされるようになったそうです。

御朱印では、道真公が牛に乗っています。

道真公は丑年である、太宰府への左遷時に牛が泣いて見送った、牛に乗り太宰府へ下ったなど、道真公と牛にまつわる伝承などが数多く存在します。

これにより、牛は天満宮に於いて、神の使いとされているそうです。

こちらの二月の神様御朱印は二月末まで頒布しております。

本日はとても暖かい一日となりました。大安ということで、出張神事にご祈祷と慌ただしい一日でした。祈祷受付の際によく見る厄年表・・・、疑問に思ったことがあったので、調べてみました!

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

昨日雪が積もっていたとは思えないくらいの暖かさですね。

本日は大安ということで、厄除けやお車のお祓いなどで多くのお客様にお参り頂きました。

さて、ご祈祷の受付をする度に必ず厄年表を見ます。

この厄年表をみて、ある疑問が頭の中に浮かび上がってきました。

「恵方ってどうやって決まっているのだろう?」

というわけで、今回は恵方について調べてみました。

今年の恵方は西南西です。

忌むべき方角が決まっている方位除とは違い、恵方は毎年違っています。

方位吉凶早見を見ると、恵方と書いてある矢印の元に歳徳神という言葉が書かれております。

歳徳神(としとくじん)とは、陰陽道で、その年の福徳を司る神様です。

歳徳神がいる方位を恵方(えほう)などと言いその方角に向かって事を行えば万事に吉とされています。

そして、歳徳神の在する方位(恵方)はその年の十干により決定されます。また、西暦の一の位によっても決まっております。

十干が甲・己、一の位が4・9ならば東北東、十干が乙・庚、一の位が0・5ならば西南西、十干が丙・辛・戊・癸、一の位が1・6・3・9ならば南南東、十干が丁・壬、一の位が2・7ならば北北西です。

今年の十干は庚子で、2020年なので一の位が0ということで、今年の恵方は西南西です。

恵方は毎年違う方角だと思っていましたが、決まった方角を回っていたことに驚きました。

方位除にはまだまだ面白いことが隠されているの思うので、機会があったらまた調べてみたいと思います。

本日、朝から雨です。昨晩は雪が降ったようで、うっすらと積もっていました。朝から降り続いた雨で大部分溶けてしまいましたが・・・。境内はとても寒いです。なので、数日前のまだ少し暖かかった時の境内の様子をお見せしたいと思います(#^.^#)

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

今年の冬は暖かいと言われましたが、本日は冬らしくとても寒い日でしたね。

昨晩は雪が降ったようで、うっすらと積もっていました。

こちらは本日の境内の様子ですが、この後は数日前の境内の様子をお知らせします。

数日前には木瓜の花がこっそりと咲いており、木瓜の南側の蕾はぷっくりと膨れ、赤く色づくほどでした。

木瓜の花や山茶花の花に気を取られて気が付きておりませんでしたが、椿の花も咲きはじめました。(見えにくくてすみません・・・)

なぜ、椿の花が咲いていることに気が付いたのかというと、境内を歩いていたところ、一羽の鳥が飛んできて椿の花のすぐ近くに止まり、花の中にくちばしを突っ込み蜜を吸い始めたのです。

カメラを持っていなかったのが悔やまれるほど素敵な光景でした。

その時に椿の花が咲いている!と気が付いたのです。

その後リベンジとしてカメラを持って境内を見て回りました。

椿の蜜を吸う鳥さんの姿は撮れませんでしたが、おそらく、蜜を吸っていたのと同じ鳥さんが姿を現してくれました。

ヒヨドリのようですね。また椿の蜜を吸わないかとしばらく追ってみましたが、その姿は見せてくれませんでした。

冠稲荷神社のインスタグラムでは他にも色々な鳥さんが姿を現してくれております。

梅や木瓜の咲くころにはめじろっちが来てくれるかと思うと今から楽しみです。

皆さんも冠稲荷神社へ遊びに来た際には、鳥さんの姿を探してみてください。

12月も残り一週間となりました。皆さま、お正月の準備は進んでますか?気持ちよく新年が迎えられますよう、ご自愛ください。

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

境内の紅葉もだいぶ散りました。

葉っぱの付いていない枝は見えにくく、特に垂れ下がっている枝垂れ桜は、顔や目にあたってしまうこともありますので、お気を付けください。

さて、年末の大掃除やお正月の準備で大変かと思います。

境内も着々とお正月に向けて準備が進んでおります。

冠稲荷神社では毎日9時から17時まで、神棚や氏神様(お稲荷様)にお祀りする御札や幣束などをお分かちしております。

御札や御守はこのように授与所にご用意しております。授与所は、拝殿に向かって右側の八角形の建物です。赤い傘が立っているところからお入りいただけます。

必要な御札や御守を持って社頭までお持ちください。幣束などは社頭にてお分かちしております。ご不明な場合には、社務所にてお声掛けください。

また、一年お家を守りお役目を終えた古い御札や御守は、古神札納殿にお納めください。

古神札納殿は手を清める手水舎の参道を挟んだ反対側にあります。

七福神殿に向かって右側神楽殿に向かって左側です。

今年も残りわずかとなりました。来週には新年を迎えているかと思うと一年があっという間ですね。やり残したことが無いよう、また気持ちよく新年が迎えられますよう、お身体にお気をつけてお過ごしください。

 

本日は二十四節気の一つ「冬至」です。日が短いためか曇りのためか、境内も暗くなるのが早かったです。年末ももう少しですね。大掃除をされる方も多いと思いますが、無理をされませんよう、健康に新しい年を迎えられますよう、ご自愛ください。

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

本日は二十四節気の冬至です。

一年の間で昼の時間が短く、夜の時間が長くなる日です。

冬至と言えば代表的なものというとゆず湯ですね。冬至(とうじ)と湯治(とうじ)をかけ、無病息災であれば融通(ゆうずう)が利くという説があるそうです。

また、カボチャや小豆粥、「と」の付く食べ物を食べるなどの風習もありますね。魔除けの為、栄養を取る為、体を暖める為など様々な理由があります。

冬至は夏至から徐々に日照時間が減っていき、太陽の高さも一年で最も低くなるので、太陽の力が一番衰える日と考えられてきました。

そして、冬至を境に衰えていた太陽の力が再び強くなるので、冬至の事を「一陽来復」とも言います。

他にも「一陽来復」には、悪いことが続いた後に幸運に向かうという意味もあります。

また、七十二候は初候「乃東生(夏枯草生ず)」です。意味は夏枯草が芽を出すです。乃東(だいとう)、夏枯草(かこそう)とはうつぼぐさのことです。

あらゆる草木が枯れていくこの季節にうつぼぐさだけ芽を吹きはじめるため、「一陽来復」と同じように希望をもたらす意味があります。

今月の神様朱印の神倭磐余毘古神も東征の際、東に軍を向けて進んだところ、戦いにおいて長兄の五瀬命が負傷しました。

神倭磐余毘古神は太陽神である天照大御神の子孫です。

なので、太陽神の子孫である自分達が、東に(太陽に)向かって戦うことは、天の意思に逆らうことだと考え、迂回し太陽を背にするように進んだという説があります。

本日は太陽の力が弱く、境内も早めに薄暗くなってしまいました。新年に向けての準備もあるかとは思いますが、気温も低いので、温かい柚子湯に浸かって温かいものを食べ、風邪などひかれませんよう、ご自愛ください。

 

 

本日は大安、そして戌の日です。御朱印だけではなく、ご祈祷にも大変多くの方がご来社くださいました。

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

本日はとても風が強かったですね。朝に地鎮祭に随行したのですが、風で祭壇が飛んでしまうのではないかというくらいの強風でした。

朝は飯田町での地鎮祭でした。施工会社は積水ハウス様です。

残念ながら写真を撮ることを忘れてしまいました・・・(-_-;)

神社に戻ってからは大忙しでした。

なぜなら、本日は大安、そして安産吉日の戌の日ということで、安産祈祷に多くの方がご来社くださいました。

その他、お宮参りやお車のご祈祷、七五三のご祈祷にも多くの方がご来社くださり、境内はとてもにぎやかでした。

本日で安産祈願の方は40、その他のご祈祷を合わせると計60

祈祷を受けられた方、誠におめでとうございます!

さて、冠稲荷神社では今年も年末年始に巫女のお手伝いをして下さる方を大募集中!!!

力仕事もあるので、男性の方でも構いません!

12月28日(トイレやゴミ捨ての場所など、色々説明します!)、三箇日はなるべく参加して欲しいです(*-ω-)

お正月を迎えられるように色々な事を準備したり、御守の頒布やご祈祷の受付・案内、御焚上などなど・・・神社のお仕事をいろいろお願いしようと思っています!

こちらの募集は12月27日まで受付しております。

詳細は直接お目にかかってご説明させて頂きたいので、“お手伝いしてみたい!”という方はぜひお電話(0276-32-2500)を!

第一声に迷ったら、「ブログで巫女さんのお手伝い募集してるって書いてあったので、お電話してみました!」で大丈夫です。

メールでのお問い合わせでも構いません。

メールの場合…メール件名に『巫女募集の件』と記載ください。
 神社からの返信が届かない場合もあるので、必ずお電話番号もご記入ください。
 また、こちらからお電話しても良い日時の指定があればご記入ください。
 メール inari@kanmuri.com

書類の準備などもあるので、行こうと思ってる何日か前に一回ご連絡してください。

一緒に巫女さんの恰好をして、楽しいお正月にしましょう♪

 

本日は日中でもとても寒かったですね。昨日の風の影響もあり、銀杏でできた黄色い絨毯が境内を彩っております。本日は今月の神様朱印のモチーフである神倭磐余毘古神についてご紹介致します。

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

本日はとても寒い日ですね。

昨日は風も強く吹いたので、七福神殿と甲参道に綺麗な黄色い絨毯ができております。

今月の神様朱印について説明するのも今回が三回目、一回目は金鵄、二回目は八咫烏をご紹介させていただきました。

いよいよ、神倭磐余毘古神についてご紹介したいと思います。

神倭磐余毘古神は伝説上の日本の初代天皇・神武天皇です。天孫である瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)のひ孫にあたります。

神倭磐余毘古神は庚午年1月1日に日向国で誕生し、兄である五瀬命(いつせのみこと)と共に政治を平穏に治められる場所を求め、大和国(奈良盆地)が美しい地と聞き、他の兄たちと共に東方へ進軍しました。

進軍し、戦闘をしていくうちに兄の五瀬命が亡くなり、他の兄たちも荒れた海を鎮めるために入水するなど困難な状況が続きました。

熊野に上陸したものの、山をいくつも超えたところで道がわからなくなりました。

すると天照大神が夢に現れ、八咫烏を遣わし、その案内で宇陀にまで行き着くことができ、進軍を続けました。

その後、金鵄の助けなどを得て大和国を平定し、辛酉年1月1日に初代天皇として即位しました。

この日は、現在の暦にすると2月11日となります。なので、2月11日が建国記念の日となります。

また、神武天皇が即位したとされる歳を元年とする日本独自の紀念法があり、神社の暦などに記されております。

こちらは今年(H31・R1)の数え年などが載った表です。元号の隣に皇紀が書かれていますね。

ちなみに今年は皇紀2679年です。

今回は神倭磐余毘古神についてご紹介致しました。

 

昨日、本日と㈱東園芸様が境内の木の剪定をしてくださいました。境内がとてもすっきりとして、前より空が見える面積が増えました\(^o^)/

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

本日は昨日よりも良い天気ですね。しかし、朝は昨日の方が暖かかったかな?と思います。

境内では昨日から㈱東園芸の方々が境内の植物の剪定を行ってくださいました。

お陰でとてもすっきりとしています。

こちらは本日の剪定の様子です。

下の木を保護するようにシートを被せ、はしごや機械で上の方まで上がり、手作業で枝を落としています。

聖天宮前の木蓮は何と手での剪定です。見えにくいですが・・・ポキポキと折れる音がとてもいい音でした。

こちらは剪定後の様子です。

とてもすっきりしているのがよくわかります。

玄関横の彦九郎の松に・・・国旗の周り・・・聖天宮前・・・と、このような感じになっております。

国旗周りは朝の時間帯、時々ポカポカとした日差しが入ってきてましたが、今までは高いところにあった枝や葉っぱなどに遮られ、その暖かさを感じませんでした。しかし、木が剪定されたので、朝の時間帯ももう少し暖かくなるかもしれませんね。

また、朝に国旗を掲揚するときも夕刻下げる時も、木の枝に引っかかることなくスルスルと上げたり下げたりできるので、とても助かります(笑)

境内の木の剪定をしてくださった㈱東園芸の皆さま、ありがとうございました!