カテゴリー別アーカイブ: 薀蓄。考察

結構あたたかく過ごしやすい気温でした(^_^)境内の紅葉も綺麗です。本日は菅原道真公をご紹介いたします。

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

本日は風が出ていましたが、暖かい気温でした。

しかし、夕方になると風も冷たくなってきましたので、風邪をひかないようご注意ください。

受験シーズンが近づいて参りました。

本日は、そんな受験生の味方、学問の神様である菅原道真公についてご紹介します。写真は菅原社です。

菅原道真公は平安時代の貴族です。

当時の日本は唐に遣唐使を派遣して文化や学問などを習い、日本に持ち帰って伝えるということをしておりました。

寛平6年(894年)、その遣唐使の大使に菅原道真公は任命されました。

しかし、唐が混乱していたことと、日本で文化が発達していたことなどを理由に道真公は遣唐使の廃止を建議し、遣唐使は廃止されました。

「894(はくし)にしよう遣唐使」、と語呂合わせで覚えるとわかりやすいですね。

そんな菅原道真公が詠んだ和歌があります。

「このたびは 幣も取りあえず 手向け山 紅葉の錦 神のまにまに」

こちらは小倉百人一首に載っている和歌です。

意味は「この旅は急のことで、神様に捧げる幣を用意することもできませんでした。代わりに山の紅葉を捧げるので、神様の御心のままにお受け取り下さい。」というものです。

「このたび」は「この旅」と「この度」

「手向け山」とは「山城国(現在の京都府)」から「大和国(現在の奈良県)へ行くときに超す山の峠と「神様に幣を捧げる」という意味の「手向け」

の掛詞です。

こうしてみると和歌には31文字という短い言葉の中にいろいろな意味が込められていてとても面白いものです。

そして菅原道真公が神様に捧げるのに使った紅葉は12月の縁守りに封入されております。

本日は菅原道真公をご紹介いたしました。

12月開始!今年もあと一か月です。大宮能売神をご紹介します。

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

12月が始まりました。午後から風も出てきましたね。

境内では葉っぱの絨毯があちらこちらに出来ていました。

さて、12月が始まりましたので、限定のご朱印が変わりました。

まずはこちら

冬至(22日)までの限定ご朱印です。お狐様が柚子湯に浸かっている可愛らしいご朱印です。

そして12月限定の今月の神様朱印です。

今月は五社大明神の一神である「大宮能売神(おおみやのめのかみ)」です。

大宮能売神は9月にご紹介した「天宇受売神(アメノウズメノカミ)」と同一視されている神様です。

大宮能売神は皇宮の祀祭神八柱のうちの一神で、君臣の間を和らげ、調和を図る神様とされます。

そのため、接客業の守護神、家内安全・家族和合の神様とされています。

以前紹介した「宇迦之御魂大神(ウカノミタマノオオカミ)」にも関係がある神様です。

宇迦之御魂大神の母神とされていたり、宇迦之御魂大神に仕える巫女を神格化したものとされていたり・・・

なので商売繁盛の神ともされております。

冠稲荷神社では、本殿・幣殿と実咲稲荷社で大宮能売神をお祀りしております。

また、大宮能売神のご朱印は書置きタイプのものですので、ご朱印帳をお持ちでない方でもお気軽にお声かけください。

そして、五社大明神と七福神巡りは今年いっぱいで終了となります。

12月以外の神様でもお貼りしますので、ぜひお越しください。

祝詞など、良く聞いてみると色々と面白いものです。祓戸大神についてご紹介します。

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

朝から雲行きが悪く、雨が降ったりと寒い日となりました。

本日は大安ということで20人を超えるかわいいお子様がご来社くださいました。

ご祈祷ではまず修祓(しゅばつ)を行います。修祓はお清めの儀式です。祓詞(はらえことば)を奏上して、お清めのお祓いをします。

その祓詞に出てくる祓戸大神についてご紹介します。

伊邪那岐神(イザナギノカミ)は伊邪那美神(イザナミノカミ)に会いに黄泉の国へ向かい、心身が穢れた状態で戻ってきました。

そこで筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原という場所で禊を行いました。

その時に多くの神々が誕生しました。その時に誕生した神々を祓戸大神としています。

ただし、天照大御神や素蓋鳴神など祓戸大神に含めない神様もいます。

また瀬織津比売(せおりつひめ)・速開都比売(はやあきつひめ)・気吹戸主(いぶきどぬし)・速佐須良比売(はやさすらひめ)の四神を祓戸四神といい、総称して祓戸大神という場合もあります。

祓詞はこれらの神々に対して、諸々の禍事・罪・穢れがあったら祓ってください、清めてくださいとお願いをします。

そして心身共に綺麗になった状態で「祝詞」、つまり神様へのお願い事をします。

神職がどのようなお願いを神様に話しているか注意して聞いてみると楽しいですよ。

機会がありましたら、祓詞奏上、祝詞奏上の際に注意して聞いてみてください。

七福神限定ご朱印のモチーフであり、今月の「五社大明神と七福神巡り」の神様である恵比寿様についてご紹介致します。

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

暖房器具がほしくなるほどの寒さとなりました。

本日は戌の日ということで、安産のご祈祷が多くありました。

また、七五三やペットの七五三もありました。

元気いっぱいの子やこれから何をするんだろうと不思議そうな表情をしている子など、とてもかわいらしかったです。

さて、本日は「五社大明神と七福神巡り」の11月の神様である「恵比寿(えびす)」様についてご紹介致します。

恵比寿様という神様は複数あり、イザナミ・イザナギの間に生まれた子供「蛭子命(ヒルコノミコト)」か、もしくは大国主神(オオクニヌシノカミ)の息子である「事代主神(コトシロヌシカミ)」とされています。

恵比寿様は古くは漁業の神様でした。鯛と釣竿を持っていることからも漁業の神様であると伺えます。※こちらは七福神殿の恵比寿様です。

時代と共に福の神として「商売繁盛」や「五穀豊穣」をもたらす神様となりました。

唯一日本由来の神様で、その福徳は「清廉」です。

なぜ「五社大明神と七福神巡り」の中で恵比寿様が11月の神様なのかというと、収穫を感謝する「新嘗祭」やえびす講が行われるからです。

本日は恵比寿様についてご紹介いたしました。

「五社大明神と七福神巡り」は今年12月末をもって終了となります。

1月から11月までで、まだお貼りになられていない神様がいらっしゃる方は12月で達成できるように致しますので、社務所にお声かけください。

 

 

本日は、大安と一粒万倍日が重なった吉日です。

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

本日は大安と一粒万倍日が重なった吉日です。

一粒万倍日とは一粒のモミが万倍にも実る稲穂になるという意味で何かを始めるにはとてもいい日とされています。

平日ではありますが、七五三のご祈祷が多くありました。

ペットのご祈祷もありました。

いつもはワンちゃんのご祈祷が多いのですが、本日は猫ちゃんのご祈祷でした。

大人しく乳母車に乗っていてとてもかわいかったです。

ペットのご祈祷の際、茅の輪くぐりをします。(※茅の輪くぐりはペットの状態やご祈祷、その他の状況によってご案内できない場合がございます。)

この茅の輪の由来についてご紹介したいと思います。

ヤマタノオロチを倒した素蓋鳴神(スサノオノミコト)が、南海で旅をしている途中、蘇民将来(そみんしょうらい)、巨旦将来(こたんしょうらい)という兄弟に宿を求めました。

弟の巨旦は裕福にもかかわらず宿泊を拒みました。それに対し、兄の蘇民は貧しいながらも喜んで厚くもてなしました。

数年後、再び蘇民の元を訪ねた素蓋鳴神は「もし、悪い病気が流行ることがあった時には茅で輪を作り、腰に付ければかからない。」と教えました。

そして疫病が流行したとき巨旦の家族は病に倒れましたが、蘇民とその家族は茅の輪で助かったのです。

茅の輪も当初は伝説のとおり小さなものを腰に付けるというものでしたが、次第に大きくなり、現在では大きな茅の輪をくぐって罪や災いを取り除くという神事になったそうです。

 

 

本日も七五三のご祈祷が多くありました。お子様の健やかな成長をお祝いしましょう。

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

本日もたくさんの七五三のお参りの方がたくさんご来社くださいました。

実は七五三はそれぞれの年齢で行う別々の行事です。

昔は子どもが健康に育つのは当たり前ではありませんでした。

なので、子どもの健やかな成長を願う儀式が行われるようになりました。

三歳のお祝いは「髪置きの儀」です。江戸時代は三歳までは髪をそる習慣(乳児の頃に髪を剃っておくことで、ゆくゆくは健康な毛髪が生えてくると信じられていた)があったため、それを終了する儀となります。

五歳のお祝いは「袴儀」として、男の子が行います。男の子が袴を着用し始める儀となります。

七歳のお祝いは「帯解きの儀」として、女の子が行います。女の子が大人と同じ帯を結び始める儀となります。

それぞれの行事の意味を知ると、より七五三のお祝いが楽しくなるかと思います。

また、本日は観光のお客様がお参りくださいまして、巫女舞の見学をされました。

巫女舞見学の後は、健康長寿守をお授け致しました。紫色と緑色がありますが、紫色がとても人気でした。

また、ペット祈願にも可愛らしいお客様がいらっしゃいました。

ミニチュアダックスの子です、大人しいですね。

写真のブログへの掲載許可ありがとうございます。

 

寒い日が続きますね。大国主神の神話をご紹介いたします。

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

最近、朝夕と冷えてまいりました。皆様、風邪をひかないようにお気をつけてください。

さて、時間が空いてしまいましたが、久しぶりに神様紹介をしたいと思います。

前回は、「大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)」の神話の中でも有名な因幡の白兎についてご紹介しました。

本日は八十神の迫害についてご紹介します。

八上比売を娶ることになった「大穴牟遲神(おおなむちのかみ)=大国主大神」を妬んだ八十神は、大穴牟遲神を殺そうとします。

まずは大穴牟遲神を山のふもとに連れて行き、赤い猪を追いおろすから捕えよと命じて、猪に似た大石を火で焼いて落としました。大穴牟遲神は石の火に焼かれて死んでしまいました。

大穴牟遲神の母である「刺国若比売(サシクニワカヒメ)」は悲しんで高天原に上り、カミムスビに救いを求めます。

カミムスビはキサガイヒメとウムギヒメを遣わし、この二神の治療により大穴牟遲神は生き返りました。

しかし、八十神はあきらめません。今度は大木を切り倒し、切込みを入れて割れ目を作り、その割れ目に楔を打ち込んでふさがらないようにし、その割れ目に大穴牟遲神を入れ、楔を引き抜き挟み殺しました。

それを悲しんだ刺国若比売は大穴牟遲神を見つけ出し、再び生き返らせました。

そして、刺国若比売は大穴牟遲神を八十神から逃がすため木の国の大屋毘古神(おおやびこのかみ)の元へ避難させました。

しかし、八十神が追ってきて大穴牟遲神を引き渡すように迫ります。そこで大屋毘古神は大穴牟遲神をこっそりと逃がし、根の国の素蓋鳴神(スサノオノカミ)を尋ねるようにいいました。

こうして大穴牟遲神は根の国へ向かったのです。

本日は八十神の迫害についてご紹介しました。二度も大穴牟遲神を助ける刺国若比売はなんとも優しい母神ですね。

初宮や七五三にいらっしゃる親御さんたちもとても優しい目をしております。

お子様の健やかな成長をお祈りする場合は実咲社へお参りください。実咲社には子育てのお狐様がいらっしゃいます。

初宮や七五三のご祈祷でお渡しする子育て絵馬はこちらのお狐様にご奉納ください。

 

気持ちの良い日となりました。神話:大国主大神(1)因幡の白兎をご紹介します。

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

本日はとても過ごしやすい快晴となりました。

台風の影響で折れた枝も撤去され、屋根も修理のためにブルーシートがかけられました。

先日ご紹介しましたが、今月の五社大明神と七福神巡りは「大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)」です。

今回は大国主大神の神話の中でも有名な「因幡の白兎」についてご紹介します。

「大穴牟遲神(おおなむちのかみ)」(=大国主大神)には兄弟(八十神)がおりました。

八十神は因幡の八上比売(やがみひめ)に求婚しようと、大穴牟遲神に荷物を持たせ、因幡に向かいました。

大穴牟遲神は気多岬で赤い肌をした兎が泣いているのを見つけ、「なぜ泣いているのか。」と尋ねました。

兎は話し出しました。

「私は隠岐の島におりました。この地に渡りたくなりましたが、渡る手段がありませんでした。

そこでワニザメにどちらの数が多いか勝負しようとだまして、並ばせたのです。私はその上を数えるふりをしながら渡ってきました。そして渡りきる直前にワニザメを笑ったのです。

するとワニザメは怒って私の毛を剥いでしまいました。すると八十神たちが「海水を浴び、強い風と日光に当たって横になっていなさい」と教えてくれたので、そのとおりにしたところ、体が余計に痛み、それがつらくて泣いているのです。」

それを聞いた大穴牟遲神は兎に「今すぐ河口の水で体を洗い、その後、蒲の穂の上を転がって花粉を付ければ、必ず癒えるだろう」と教えました。

兎が言われたとおりにすると、傷がたちまち治ったのです。

兎は喜び、大穴牟遲神に八十神は八上比売を絶対に得ることはできませんと教えました。

その言葉通り、八上比売は八十神の求婚をはねつけ、大穴牟遲神のお嫁になると言いました。

こうして大穴牟遲神は八上比売を娶ることができたのでした。

しかし、面白くないのは八十神です。あの手この手で大穴牟遲神を陥れようとします。

本日は「因幡の白兎」についてご紹介しました。

 

 

 

 

本日は寒い一日となりました。まだ百日紅の花はきれいに咲いています。神様紹介:素蓋鳴神をご紹介します(3)

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

今回も「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」をご紹介します。

前回は、高天原を追放された罪人から一転、英雄になった話をご紹介しました。

「奇稲田毘売(クシナダヒメ)」と結婚した「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」はその後どうなったのでしょうか。

次に「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」が登場するのは「大国主神(オオクニヌシノカミ)の神話です。

「大国主神(オオクニヌシノカミ)」「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」の子孫で、因幡の白兎に登場する神様です。

「大国主神(オオクニヌシノカミ)」は兄神である「八十神(ヤソガミ)」に迫害され、二度殺されますがその度に母神によって救われ、最終的に「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」がいる根の国にむかいます。

*この時は「大国主神(オオクニヌシノカミ)」という名前ではありませんでした。詳しい「大国主神(オオクニヌシノカミ)」の神話については後日ご紹介いたします。

根の国についた「大国主神(オオクニヌシノカミ)」は、「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」の娘である「須勢理毘売(スセリビメ)」と出会い、お互いに一目惚れしました。

しかし、「須勢理毘売(スセリビメ)」を溺愛していた「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は、「大国主神(オオクニヌシノカミ)」を蛇がたくさんいる部屋に泊めました。

「大国主神(オオクニヌシノカミ)」は「須勢理毘売(スセリビメ)」から授かった「蛇の比礼(ヒレ)」を使い、蛇を鎮め一晩無事に過ごすことができました。

次の日の夜、「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」はムカデと蜂がいる部屋に「大国主神(オオクニヌシノカミ)」を泊めました。

「須勢理毘売(スセリビメ)」は「ムカデと蜂の比礼」を「大国主神(オオクニヌシノカミ)」に授け、それを使って無事にムカデと蜂のいる部屋を出ることができました。

それでも「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は広い野原の中に射込んだ矢を拾うように「大国主神(オオクニヌシノカミ)」に命じました。

「大国主神(オオクニヌシノカミ)」が野原に入って矢を探していると火が回ってきました。「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」が火を放ったのです。

「大国主神(オオクニヌシノカミ)」が困っていると、鼠が来て「内はほらほら、外はずぶずぶ(穴の入り口は狭いが、穴の中は広い)」と言いました。「大国主神(オオクニヌシノカミ)」がその場を踏んでみると、地面の中に空いていた穴に落ちて、火をやり過ごすことができました。

また、鼠は探していた矢を持ってきてくれたのです。

「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」「大国主神(オオクニヌシノカミ)」の死を確認しようとして野原に出ると、矢を持った「大国主神(オオクニヌシノカミ)」が帰ってきました。

「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」「大国主神(オオクニヌシノカミ)」を家に入れ、頭のシラミを取るように命じました。

しかし、「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」の頭にいたのはムカデです。「大国主神(オオクニヌシノカミ)」は「須勢理毘売(スセリビメ)」からもらった椋(むく)の実を噛み砕き、赤土を口に含んで吐き出しました。

それをムカデを噛み砕いていると勘違いした「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は、そのまま眠りはじめました。

「大国主神(オオクニヌシノカミ)」はこの隙に逃げようと「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」の髪を部屋の柱に結び付け、大きな石で入り口を塞ぎました。

そして、「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」の生大刀と生弓矢、「須勢理毘売(スセリビメ)」の天詔琴を持ち、「須勢理毘売(スセリビメ)」を背負って逃げ出そうとしました。

その時に琴が木に触れて音が鳴り響き、「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」が目を覚ましてしまったのです。

しかし、髪を柱に括り付けられていたため、すぐには追いかけることができず、その間に「大国主神(オオクニヌシノカミ)」は逃げることができました。

「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は地上に通じる黄泉比良坂(よもつひらさか)まで追いかけてきましたが、そこで止まって「大国主神(オオクニヌシノカミ)」に「その大刀と弓矢で八十神を追い払い、須勢理毘売(スセリビメ)を妻として立派な宮殿を建てて住め」と声をかけました。

「大国主神(オオクニヌシノカミ)」「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」の言葉のとおりに八十神を追い払い、「須勢理毘売(スセリビメ)」を正妻にして、高天原に届くような立派な宮殿を建て、国づくりを始めました。

長くなりましたが、この「大国主神(オオクニヌシノカミ)」の神話に出てきた「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は今までとは違った一面を見せています。

それは父親としての顏です。「大国主神(オオクニヌシノカミ)」に様々な試練を与えたのも、大切な娘のことを任せられるかどうか試したのです。

今まで見てきた「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は母を慕い、やんちゃでわがままで、そして英雄でもあり、父親として娘を想うなど家族思いでとても人間味のある神様であるといえます。

そんな「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は神楽殿の八坂社の御祭神です。

今回は「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」をご紹介しました。

境内は蚊がとても多いです。虫よけスプレーが社頭に置いてありますので、お気軽にお声掛けください。

 

いなり会二日目です。皆様いかがお過ごしでしょうか。素蓋鳴神をご紹介します(2)

こんにちは。

巫女の岩瀬愛梨です。

本日は「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」についてご紹介します。

前回は「素蓋鳴神(すさのおのかみ)」の誕生から高天原追放までをご紹介いたしました。

高天原を追放された「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」はその後どうなったのでしょうか。

素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は高天原を追放された後、出雲の国の肥川の上流の鳥髪(とりかみ)へ降り立ちました。

その時、箸がその川を流れ下ってきました。そこで「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は上流に人がいると思い、尋ね求めて上っていきました。

すると、老夫婦がいて少女を間に置いて泣いていたのです。

夫婦の名前は「足名椎(アシナヅチ)」と「手名椎(テナヅチ)」といい、その娘は「奇稲田毘売(クシナダヒメ)」という名でした。

素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は三人がなぜ泣いているのかを聞きました。

この夫婦には八人の娘がおりましたが、毎年八つの頭と八つの尾を持った「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」に食べられてしまい、もう末娘の「奇稲田毘売(クシナダヒメ)」しか残っていませんでした。

そしてその末娘の「奇稲田毘売(クシナダヒメ)」もこれから「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」に食べられてしまうというのです。

その話を聞いた「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は「奇稲田毘女(クシナダヒメ)」との結婚を条件に「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」を退治することを申し出ました。

最初は「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」の素性を知らない「足名椎(アシナヅチ)」と「手名椎(テナヅチ)」は怪しく思いますが、「天照大御神(アマテラスオオミカミ)」の弟であることが分かると、快く承諾し、「奇稲田毘売(クシナダヒメ)」を差し出しました。

そこで、「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は「奇稲田毘売(クシナダヒメ)」を小さな櫛に変え、髪に挿しました。そして「足名椎(アシナヅチ)」と「手名椎(テナヅチ)」に命じて八つの門を作り、それぞれに強い酒を満たした大きな甕を置きました。

準備をして待っていると、「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」がやってきて、八つの頭をそれぞれの甕に突っ込んで酒を飲みだしました。

八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」が酒に酔って寝てしまうと、「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は「十拳剣(とつかのつるぎ)」で切り刻みました。

尾を切ると剣の刃が欠け、尾の中から太刀が出てきました。「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」はその太刀を「天照大御神(アマテラスオオミカミ)」に献上しました。これが後の三種の神器である「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」です。

八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」を退治し、「奇稲田毘売(クシナダヒメ)」を救った「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は須賀の地に宮殿を建てました。

その時に「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は歌を詠みました。

八雲立つ(やぐもたつ) 出雲八重垣(いずもやえがき) 妻ごみに 八重垣(やえがき)作る その八重垣(やえがき)を

という歌で、日本で初めて詠まれた和歌と言われています。

このように高天原を追放された「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」は一転して英雄となります。

今回は「素蓋鳴神(スサノオノカミ)」の「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治をご紹介しました。

写真が用意できず、文字ばかりになってしまい申し訳ありません。